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神戸地方裁判所 昭和31年(ワ)715号 判決

原告(準禁治産者) 三木隆吉

被告 神戸塩業株式会社 外一〇名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告神戸塩業株式会社(以下被告会社と称する)は原告に対し、被告会社の株式六千五百六十二株の株券を発行せよ。被告中浜清三郎は原告に対し、金十三万八千八百五十円と引換えに被告会社の株式三千七百九十一株の株券を交付し株主名義の移転手続をせよ。被告三好覚治は原告に対し、金八万八千九百五十円と引換えに被告会社の株式二千四百四十六株の株券を交付し株主名義の移転手続をせよ。被告谷貞二は原告に対し、金三万六千円と引換えに被告会社の株式九百九十株の株券を交付し株主名義の移転手続をせよ。被告明石武一は原告に対し、金三万六千円と引換えに被告会社の株式九百九十株の株券を交付し株主名義の移転手続をせよ。被告福家弘三は原告に対し、金三万六千円と引換えに被告会社の株式九百九十株の株券を交付し株主名義の移転手続をせよ。被告高島猛男は原告に対し、金三万二千七十五円と引換えに被告会社の株式八百八十二株の株券を交付し株主名義の移転手続をせよ。被告山本勉は原告に対し、金三万八百円と引換えに被告会社の株式八百四十七株の株券を交付し株主名義の移転手続をせよ。被告泉政一は原告に対し、金二万三千四百二十五円と引換えに被告会社の株式六百四十四株の株券を交付し株主名義の移転手続をせよ。被告砂本昇は原告に対し、金一万四千七百二十五円と引換えに被告会社の株式四百五株の株券を交付し株主名義の移転手続をせよ。被告林謹一郎は原告に対し、金九千百二十五円と引換えに被告会社の株式二百五十一株の株券を交付し株主名義の移転手続をせよ。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決並びに株券交付の部分につき仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

被告会社は塩の売捌並びにこれに附帯する業務を営むもので、昭和二十二年八月一日資本金十九万五千円(発行済株式数三千九百株、一株の額面金五十円、全額払込)、で設立され、

(イ)  昭和二十二年十月一日資本金五十万五千円を増資し、額面金五十円の株式一万百株を発行し、(以下第一回増資という)

(ロ)  昭和二十四年十二月二十二日資本金八十万円を増資し、額面金五十円の株式一万六千株を発行し、(以下第二回増資という)

(ハ)  昭和二十六年十二月商法改正施行に伴い定款を変更し、発行すべき株式の総数は十二万株、株式はすべて記名式とし、額面金額は金五十円、株主の新株引受権は発行の都度取締役会において定めることができることとし、既に発行済の株式三万株を授権資本十二万株の四分の一の発行済株式に充当し、

(ニ)  昭和二十九年二月十八日取締役会の決議により右授権資本の範囲内である三万株の新株式を発行し、(以下新株と称する)

(ホ)  昭和三十年五月二十六日の株主総会の決議並びに同年六月七日の取締役会の決議により授権資本の範囲内である三万六千株の新株式を発行したが、(以下新々株式と称する)この際の新株引受による払込金は一株につき金二十五円で、爾余の金二十五円は被告会社の再評価積立金の資本組入金をもつてこれに充当し、

現在は授権資本金六百万円、発行済株式総数九万六千株(但し、その内六千六百七十四株については原告はその発行を認めない)一株の金額は金五十円となつているものである。

原告は被告会社設立当時被告会社の株式八百三十五株を所有し、第一回増資により二千百六十五株を、第二回増資により三千五百六十二株をいずれも株金の払込をなして取得し、合計六千五百六十二株の株式を所有するにいたつたものであるが、被告会社は未だにその株券を発行しないから、原告は被告会社に対し右株式六千五百六十二株の株券の発行を求めるものである。

次に、被告会社はその後の新株の発行に際しては当時の全株主に対し平等にその持株数と同数の新株引受権を与えたから、原告に対しては六千五百六十二株の新株引受権を与えるべきであるにもかかわらず、被告会社の株主である被告会社を除く被告等と共謀の上、故意に、原告の当時の持株数は千株であるとし、原告の持株数であるべき六千五百六十二株の内五千五百六十二株は右新株の発行に先立ち原告が、

被告中浜清三郎に 千七百二十三株

被告三好覚治に  千百十二株

被告谷貞二に   四百五十株

被告明石武一に  四百五十株

被告福家弘三に  四百五十株

被告高島猛男に  四百一株

被告山本勉に   三百八十五株

被告泉政一に   二百九十三株

被告砂本昇に   百八十四株

被告林謙一郎に  百十四株

を各譲渡したものとして、被告会社は原告に対して新株として千株を割当て、被告会社を除く被告等はそれぞれ自己の持株数に右譲渡を受けたと称する株式数を加えた株数を持株数として、被告会社からこれと同数の新株引受権の割当を受け、被告会社に一株金五十円の割合による株金を払込み、原告から譲渡を受けたと称する右株式数と同数の株式をも形式上取得した。

ついで、被告会社は新々株の発行にあたり、当時の全株主に対し平等にその持株数の〇・六の割合による株式の引受権を与えたが、新株発行により原告は本来一万三千百二十四株を所有することになるから、原告に対して割当てられるべき新々株は七千八百七十四株となるにもかかわらず、被告等は共謀の上、故意に、原告の当時の持株数は二千株であるとして原告に対し千二百株を割当て、その余の六千六百七十四株を被告会社を除く被告等に対し、前記新株発行前に譲渡したと称する株式数及びこれに基く新株数を基礎として、

被告中浜清三郎に 二千六十八株(即ち、旧株千七百二十三株に新株千七百二十三株を加えた三千四百四十六株の〇・六の割合による株数、以下同旨)

被告三好覚治に 千三百三十四株

被告谷貞二に  五百四十株

被告明石武一に 五百四十株

被告福家弘三に 五百四十株

被告高島猛男に 四百八十一株

被告山本勉に  四百六十二株

被告泉政一に  三百五十一株

被告砂本昇に  二百二十一株

被告林謹一郎に 百三十七株

を各割当て、右被告等は被告会社にそれぞれ一株金二十五円の割合による株金を払込みこれら株式を形式上取得している。

しかしながら、原告は前記五千五百六十二株を何人にも譲渡したことはないから、被告会社を除く被告等が新株発行に先立ち原告から譲受けたと称する株式数に基いて被告会社から割当を受けて取得した新株並びに新々株は、違法な被告会社の割当て及び被告会社を除く被告等の引受がなければ当然原告に割当てられ、原告がその株金を払込むことによつて原告が取得しうべき株式であるから、被告会社を除く被告等は原告の損失において法律上の原因なくこれを利得したものというべく、同被告等は一株につき新株については金五十円、新々株については金二十五円の各払込金額相当額の金員と引換えにこれら新株及び新々株をそれぞれ原告に交付し、且つ、原告に対してこれら株式の株主名義の移転手続をする義務あるものというべきであるから、被告会社を除く被告等に対し請求の趣旨第二項ないし第十一項に記載のとおり不当利得返還請求をなすものである、と陳述し、

なお、原告は昭和三十一年一月二十六日準禁治産の宣告を受けたと附陳し、

被告等の本案前の抗弁に対し、

被告等主張の如く不起訴の合意をなしたことはこれを否認する。仮に、被告等主張のような合意がなされたとしても、訴権の放棄はできないものであるからその合意は無効である。なお、本訴と被告等主張の昭和二九年(ワ)第一、一五六号事件の請求は実質的にも内容を異にするもので同一性はないから、被告の同抗弁は理由がない、と述べ、

被告等の主張に対し、

被告会社の株主は、その多くが元塩売捌人であつた関係上従来の実績によつて販売業務を取扱い、これら取扱人は売上金の回収について被告会社に対して支払責任を有していたこと、原告が売捌いた塩代金が回収不能又は回収遅延のため昭和二十六年六月十五日当時における被告会社への未納金が被告等主張の額に達していたこと、原告とその妻訴外三木邦子が被告等主張のような金額の約束手形を被告会社に宛振出し、原告が被告会社から受取るべき塩取扱手数料、賞与金、株式配当金は総て原告が被告会社に対して負担する未納金に充当することを約したこと、原告及びその妻訴外三木邦子名義の被告会社の未発行の株式全部(訴外三木邦子名義の株式は後に原告名義に変更)を右債務の担保として被告会社に提供し、原告において右債務につき不履行があつた場合には被告会社は原告所有の右株式を適宜処分してその代金を原告が負担する右債務の弁済に充当されるも異議のないことを承諾し、右株式を譲渡することを承諾する旨の承諾書を被告会社に提出したことはいずれもこれを認めるが、被告等主張のその余の事実は全部これを否認する。

昭和二十七年十二月十二日被告会社の役員改選を議題とする臨時株主総会が開催されることになつたが、原告が当時社長以下の役員にあつた被告等(被告会社を除く)と意見を異にする訴外北本治一に原告所有の株式六千五百六十二株全部の株主権行使の委任状を交付したため、これを同訴外人所有の株式八千六百十株に加えると被告会社の全株式の過半数となり、同訴外人の意見が株主総会で多数を制することが予測されるや、被告等はこれを阻止するため、原告が先にその所有の株式を被告会社に対する債務の担保とすることを約した際に被告会社に差入れた誓約書を悪用して昭和二十七年九月五日に原告が被告中浜清三郎等三名に三千百二十株を譲渡したように仮装し、原告所有の株式は三千四百四十二株であるとして原告の右三千百二十株の株主たることを否認し、ついで前記のように千株を除くその他の株式についても株式たることを争うにいたつたものである。

仮に、被告等主張のように株式が各譲渡されたとしても、

原告が被告会社に対して負担する未納金債務の弁済期日は定めなく、又前記のように塩取扱手数料、賞与金、株式配当金をもつて逐次弁済が履行されていた。その方法で弁済されている間は余分に請求しない特約があつたから、右債務の弁済期日は未だ到来していなかつたものである。従つて、弁済期の到来しない右債務の代物弁済として原告所有の右株式を取得するいわれはないから、右譲渡は無効である。

右債務の弁済期日が到来していたとしても、原告は被告会社から右債務支払の催告を受けたことがないから右譲渡は無効である。

本件株式は記名株式であるにもかかわらず商法第二百五条に規定する譲渡方法によらないで譲渡し、又譲渡に際して株券を分割しているが、被告会社の定款第十七条によれば株券の分合には請求書を株券に添えて請求しなければならないことになつているにもかかわらずその手続を経ていないから、右譲渡は無効である。

各譲渡当時における本件株式の時価は一株金三百円でそれを金五十円で処分したのは原告の無知、窮迫に乗じたものであるから、その譲渡は無効である、と述べ、

立証として、甲第一、二号証、第三号証の一、二、第四ないし八号証、第九号証の一、第九号証の二の(イ)、(ロ)、第九号証の三の(イ)ないし(ヘ)、第十ないし十三号証、第十四号証の一、二、第十五ないし二十一号証、第二十二号証の一、二、第二十三号証を提出し、証人玉垣梧郎、同吉田勘三、同坂田竹市、同小鳥信彦、同岸本年雄、同北本治一(第一、二回)、同高木茂、同三木邦子(第一、二回)の各証言、被告砂本昇、同明石武一、同高島猛男(第一、二回)各本人、原告本人(第一、二回)の各供述を援用し、乙第二ないし四号証、第十号証の一ないし四、第十一号証、第十四号証の一、二は原告の印影のみ成立を認め、その余の部分の成立は不知、第二十七号証の一ないし六は譲受人欄の成立は不知、その余の部分の成立は認める、第三十五号証の一ないし四の成立は否認、第十二号証、第十三号証の一、二の成立は不知、その余の乙号各証の成立はこれを認める、と述べ、後に乙第二十六号証の二、三、四についてはその内墨書日附部分のみを否認する、と訂正した。

被告等訴訟代理人は、本案前の申立として、「本件訴はこれを却下する。」との判決を求め、その理由として、

原告は昭和二十九年十一月十四日被告会社相手に原告が被告会社の株式六千五百六十二株の株主であることの確認及び被告会社が昭和二十九年五月十日になした新株三万株の発行は無効であることの確認を求める訴訟を神戸地方裁判所に提起し、同庁昭和二九年(ワ)第一、一五六号事件として係属していたところ、昭和三十年八月十五日原告はこれを取下たが、その取下に際し原告は被告会社に対し右訴の提起は原告の本意でなかつたと陳謝し、再度右株式について訴を提起するようなことはしないことを確認し、同株式に関する訴権を放棄した。従つて、右前訴と実質的に内容を同じくする本訴は被告等のいずれに対しても訴訟要件を欠き不適法であるから却下を求める、と述べ、

本案につき、主文同旨の判決を求め、答弁として、

原告主張の請求原因事実中、被告会社がその主張の日に主張の資本金で設立され、主張の事業を目的とする会社であること、被告会社が主張の増資をなし株式を発行したこと(但し、原告主張の(イ)の第一回増資によつて資本金五十万五千円、総株式数一万百株となり、昭和二十四年十二月二十三日付登記による原告主張(ロ)の第二回増資により資本金八十万円、総株式数一万六千株となり、原告主張の(ハ)は昭和二十六年十二月二十七日付、同(ニ)は昭和二十九年五月十七日付、同(ホ)は昭和三十年七月十七日付各登記によるものである)原告が昭和二十六年六月二十五日当時被告会社の株式六千五百六十二株を所有していたこと、被告会社が新株の発行に際し当時の株主に対し持株数と同数の割合による新株引受権を、新々株の発行に際し当時の株主に対し持株数の〇、六の割合による新株引受権を各与えたことはいずれもこれを認めるが、その余の事実は総てこれを争う。

本案前の抗弁として主張した昭和三十年八月十五日の約定は、実体的に云えば原告が株主として有する権利を放棄したものであるから、被告等に対する本訴請求は失当である。

次に、被告会社では株主の内大多数はいずれも元塩の売捌人であつた者で被告会社の塩販売担当者であり、その売買代金の集金は各販売をした者の責任となつており被告会社に対し売上金を納入すべき債務を負担することになつているものであるところ、昭和二十六年六月十五日当時原告が被告会社に納入すべき塩代金債務は金百一万二千八百二十五円八十四銭に達し、その内には既に集金をしておきながらこれを消費し又は他に流用しているものがあることが判明したため、被告会社は同日原告から原告とその妻訴外三木邦子振出にかかる額面同金額の約束手形一通の交付を受けた上、被告会社が原告に支払う塩取扱手数料、賞与金、株式配当金をもつて順次弁済充当することの外原告は現金を調達して速かに完済することを約したが、昭和二十六年九月四日原告は被告会社に対し、その負担する債務を昭和二十七年九月五日までに弁済すること及び当時被告会社の株券は未発行であつたけれども将来株券発行の際には原告とその妻訴外三木邦子名義の株式全部を右債務の担保として被告会社に提供することとし、右期日にその支払をなさないときは、被告会社は右株式を処分して原告の負担する右債務に充当するも原告において異議のないことを約束し、原告からその旨の承諾書並びに原告が署名押印した株式名義書換請求書の交付を受け、その後更に五千五百六十二株を被告会社の所有に移すため、原告の記名捺印のある株式名義書換請求書の交付を受けた。

昭和二十七年九月一日被告会社は株券を発行し、原告所有の株券を保管していたところ、原告は同月五日の右弁済期日に当時原告が被告会社に対し負担していた債務金七十三万六千二百十七円八十三銭の支払をしないので、被告会社は原告の承諾をえて同日原告所有の株式の内三千百二十株、同年十二月二十五日に二千四百四十二株、合計五千五百六十二株を一株金五十円の割合で金二十七万八千百円の代物弁済として譲渡を受け、その頃これら株式を被告中浜清三郎に三千二株、被告谷貞二に千二百八十株、被告三好覚治の先代訴外三好幸右衛門に千二百八十株を各譲渡し、原告も同意の上、原告から直接右譲受人等に対し株主名義の書換をしたため、原告の持株は千株となつた。

その後原告は新株の発行に際し千株の割当を受けて二千株の株主となり、新々株の発行により更に千二百株の割当を受けて三千二百株の株式を所有することになつたが、昭和三十年十月八日原告は被告会社に対し負担する残債務を昭和三十一年十月八日までに支払うこと及びその期日にその支払ができないときは右株式を残債務の代物弁済として弁済充当することを約したが、原告がその支払を怠つたため右昭和三十一年十月八日被告会社はこれら株式を前記同様一株金五十円の割合による金十六万円の代物弁済として譲渡を受けたので、原告が所有する株式は皆無となり、なお、別途現金入金等もあり原告の被告会社に対する債務は金六千円余に減少したものである。

かように原告は被告会社に対し何等株主としての権利を有しないし、その余の被告等も適法に株式の譲渡を受けた上新株、新々株の割当を受けてこれを取得したものであるから、原告の本訴請求は失当である、と述べ、

なお、被告等の主張に対する原告の主張事実はこれを否認する、と附陳し、

立証として、乙第一ないし八号証、第九号証の一、二、第十号証の一ないし四、第十一、十二号証、第十三号証の一、二、第十四号証の一、二、第十五、十六号証、第十七号証の一、二、第十八、十九号証、第二十号証の一、二、第二十一ないし二十三号証、第二十四号証の一の(イ)ないし(ヘ)、第二十四号証の二の(ト)ないし(ル)、第二十四号証の三の(オ)ないし(レ)、第二十四号証の四の(ソ)ないし(ツ)、第二十五号証の一、二、第二十六号証の一ないし六、第二十七号証の一ないし六、第二十八号証の一ないし四、第二十九号証の一ないし四、第三十号証の一ないし四、第三十一号証の一ないし三、第三十二号証の一ないし六、第三十三号証の一ないし三、第三十四号証、第三十五号証の一ないし四、第三十六号証を提出し、証人中浜賢治、同玉垣梧郎、同横野鹿治、同木村久之助の各証言、被告山本勉(第一、二、三回)同明石武一、同砂本昇、同高島猛男(第一、二回)各本人の供述を援用し、甲第十三号証中官署作成部分の成立は認めるがその余の部分の成立は不知、第十八号証の成立は不知、爾余の甲号各証の成立はいずれもこれを認め、原告の乙第二十六号証の二、三、四の認否訂正に異議を述べた。

理由

被告等の本案前の抗弁について按ずるに、

成立に争のない乙第一、五、十六号証、同第二十号証の一、二、同第二十一号証、証人横野鹿治、同中浜賢治の各証言、被告山本勉(第一回)、同高島猛男(第一回)各本人の供述によつて真正に成立したと認める乙第二号証、同証言、供述と証人三木邦子(第一回)の証言、原告本人(第一回)の供述によつて真正に成立したと認める乙第三号証、証人中浜賢治、同三木邦子(第一回)の各証言、被告高島猛男(第一回)、同山本勉(第一回)各本人の供述によつて真正に成立したと認める乙第四号証、証人横野鹿治、同中浜賢治、同三木邦子(第一回)の各証言、被告山本勉(第一、二回)同高島猛男(第一回)各本人、原告本人(第一回、但し後記措信しない部分を除く)の各供述を綜合すると、原告は昭和二十九年十一月十四日被告会社に対して、被告会社の株式六千五百六十二株即ち昭和二十四年十二月の第二回増資の結果所有するにいたつた合計株式の株主であること及び被告会社が昭和二十九年五月十日になした新株三万株の発行は無効であることの確認を求める訴を神戸地方裁判所に提起し、同裁判所昭和二九年(ワ)第一、一五六号株主権確認新株発行無効確認等事件として係属したが、(原告の被告会社に対する訴が被告等主張の事件として係属したことは原告において認めて争がない)原告は右訴を提起したことによつて被告会社からその塩売捌業務をやめさせられ、その後日傭人夫をして生活にも窮していたところ、昭和三十年八月頃被告会社等に対し、右訴を提起したことはその妻及び訴外北本治一の圧迫によつて不本意ながらなしたものであることを告げ、且つ被告会社より被告会社が原告の身のたつように配慮してくれること及び生活費として毎月、金六千円の支給を受けることの約束をえて、被告会社の同意をえた上、昭和三十年八月十五日右訴を取下たが、同年九月三日頃被告会社に対し再度右株式について訴を提起しないことを申入れ、被告会社もこれを認め、原告は被告会社に対し同年十月三日同趣旨の誓約書を差入れたことを認めることができ、原告本人(第一回)の供述中以上認定に反する部分は措信し難く、その他右認定を覆すにたる証拠は存在しない。

右認定事実によると、原告は被告会社との間に昭和三十年十月三日頃右株式六千五百六十二株については訴を提起しないという合意をなしたものと認めることができる。そしてかかる合意は当該約定における権利関係について訴を提起しないという私法上の債務を負担することを出ないもので、原告の国家に対する権利である右権利関係の訴権まで放棄したものと解することはできない。

そうすると原告が被告会社に対し六千五百六十二株の株主たることを主張しその株式の発行を求めて本訴を提起したことは右不起訴の約定に違反し、元来当事者間で解決しうる事項でしかも原告と被告会社との合意によつて既に解決済の権利関係について再び紛争を繰返すものというべきであるから、かかる訴訟は訴訟による権利保護の利益を欠くものというべきところ、右不起訴の合意をなした当時及びその後の右六千五百六十二株の状態は、後記認定の如く、昭和二十七年中に千株を残して五千五百六十二株を被告会社が原告から譲渡を受け、これを被告中浜清三郎外二名に譲渡をしていたから右合意当時には原告は千株を所有していたこと、及びその後の昭和三十年十月八日原告は被告会社に対し負担する債務の担保として右千株を同株に対する新株、新々株発行に伴い取得した二千二百株と共に供し、昭和三十一年十月十日頃被告会社は原告の負担する右債務の代物弁済として右千株をも取得したことが認められ、被告会社がその旨主張するに対し、原告はそれを争い株主権を主張しているので、六千五百六十二株の内右千株については合意当時と事情を異にしてきたものというべきであるから、かかる場合右千株に関する合意後の事実に基く争についてはもはや右不起訴の合意の効力は及ばないものというべきである。

従つて、原告の被告会社に対する右千株を除く前記五千五百六十二株に関する本件訴訟は権利保護の利益を欠くものとして失当というべきである。

そして、右不起訴の合意による訴訟上の効果は合意をなした右当事者間に限られるものというべく、被告会社を除く被告等には及ばないから、同被告等が原告との間に特にそのような合意をなしたことについて何等主張、立証のない本件においては、同被告等の本案前の申立においてなす主張は理由がない。

そこで、原告の被告会社に対する千株の株式、並びに被告会社を除く被告等に対する各本案の請求について按ずるに、

原告主張事実中、被告会社が原告主張の日に主張の資本金で設立され、主張の事業を目的とする会社であること、被告会社が主張の増資をなし株式を発行したことは当事者間に争がなく、被告会社が昭和二十二年十月一日原告主張の第一回増資によつて資本金五十万五千円、総株式数一万百株となり、昭和二十四年十二月二十三日付登記による原告主張の第二回増資によつて資本金八十万円、総株式数一万六千株となり、昭和二六年十二月二十七日付登記によつて原告主張(ハ)のように、昭和二十九年五月十七日付登記によつて原告主張(ニ)のように、昭和三十年七月十七日付登記によつて原告主張(ホ)のように各増資し株式を発行していること、原告が昭和二十六年六月二十五日当時被告会社の株式六千五百六十二株を所有していたことはいずれも被告等においてこれを認めて争がない。

ここに被告等は昭和三十年八月十五日頃不起訴の合意をしたことによつて原告が本件株主として有する権利を一切放棄したものであるから原告の請求は失当であると主張するが、右放棄の事実を認めるにたりる証拠は存在しないから、同主張はこれを認めることができない。

次に、原告が被告会社に対し支払の責任を有する塩代金債務が回収不能又は回収遅延のため昭和二十六年六月十五日当時において金百一万二千八百二十五円八十四銭に達していたこと、原告とその妻訴外三木邦子が被告等主張のような金額の約束手形を被告会社に宛振出し、原告が被告会社から受取るべき塩取扱手数料、賞与金、株式配当金は総て被告会社に対して負担する右債務の支払に充当することを約し、原告及び訴外三木邦子名義の被告会社の株式全部(同訴外人名義の株式は後に原告名義に変更)を右債務の担保として被告会社に提供し、右債務の不履行があつた場合には被告会社が原告所有の右株式を適宜処分してその代金を原告が負担する右債務の弁済に充当されるも異議ないことを承諾し、同株式を被告会社に譲渡することを承諾する旨の承諾書を提出したことは当事者間に争がない。

そして、成立に争のない甲第九号証の一、同第九号証の二の(イ)、(ロ)、同第九号証の三の(イ)ないし(ヘ)、同第十一号証、乙第十五号証、同第十七号証の一、二、同第二十二、二十三号証、同第二十四号証の一の(イ)ないし(ヘ)、同第二十四号証の二の(ト)ないし(ル)、同第二十四号証の三の(オ)ないし、(レ)、同第二十四号証の四の(ソ)ないし(ツ)、同第二十六号証の一ないし六、(同第二十六号証の二、三、四の原告の認否の訂正は被告山本勉(第二回)の供述に照し認められない)同第二十七号証の一ないし六、(但しそのうち譲受人の部分を除く)被告山本勉(第二、三回)、同高島猛男(第二回)各本人の供述によつて真正に成立したと認める乙第十号証の一ないし四、同第十一号証同第三十五号証の一ないし四、証人木村久之助の証言により真正に成立したと認める乙第十三号証の一、二被告山本勉(第二回)の供述によつて真正に成立したと認める乙第十二号証、同第十四号証の一、二、証人木村久之助の証言、被告砂本昇、同明石武一、同山本勉(第二回)、同高島猛男(第二回)各本人の供述を綜合すると、昭和二十七年九月一日被告会社の株式の株券全部が発行されたが、原告は被告会社に対し昭和二十七年九月五日までに弁済することを約していた前記塩代金債務中金七十三万六千二百十七円八十三銭の支払をしないので、被告会社は同日原告所有の株式六千五百六十二株の内三千百二十株を、同年十二月二十五日に二千四百四十二株をいずれも一株金五十円の割合で合計金二十七万八千百円の代物弁済として原告承諾の下に被告会社が譲渡を受け、これを被告中浜清三郎外二名に譲渡したので、原告の持株は千株となつたこと、並びにその後増資により原告は右千株に対する新株千株、新々株千二百株の発行を受け、(被告会社が新株の発行につき当時の株主に対し持株数と同数の割合による新株引受権を、新々株の発行につき同じく持株数の〇・六の割合による新株引受権を各与えたことは当事者間に争がない)三千二百株を所有していたが、昭和三十年十月八日に当時原告が被告会社に対して負担していた債務を昭和三十一年十月八日までに支払をなすこととし、前記千株を含めた三千二百株を被告会社に担保として提供し、その履行を遅滞したときは被告会社においてこれら株式を処分して右原告の負担する債務の弁済に充てることを承諾したが、同期日に金十七万三千円余の右債務の履行をしなかつたため、昭和三十一年十月十日頃被告会社は同株式を一株金五十円の割合で金十六万円の代物弁済として取得し、当時原告はこれを承認したことを各認めることができ、証人北本治一(第一回)、同三木邦子(第二回)の各証言、原告本人(第二回)の供述中以上認定に反する部分は措信し難く、成立に争のない甲第二、七、八、十五号証、証人岸本幸雄、同小鳥信彦の各証言も必ずしも右認定に反するものではなく、その他以上認定を覆すにたる証拠は存在しないから、叙上認定に反する原告の主張事実はこれを認めることができない。

そうすると、被告会社が本件株式を各譲受当時原告の被告会社に対する債務の弁済期日がいずれも未到来であつたという原告の主張は理由がなく、又債務の支払につき催告がなければ右株式の譲渡をなしえないという性質のものではないから、この点に関する原告の主張もまた認められない。

次に、原告は右株式の譲渡につき商法第二百五条による譲渡方法によらず、且つ譲渡に際し株券の分割請求書に基ずかないで株券を分割してなされたものであるから譲渡は無効であるように主張するが、原告がその所有株式について譲渡することを承諾する旨の承諾書を被告会社に提出したことは原告において認めて争がなく、成立に争のない乙第二十四号証の一の(イ)ないし(ヘ)、同第二十四号証の二の(ト)ないし(ル)、同第二十四号証の三の(オ)ないし(レ)、同第二十四号証の四の(ソ)ないし(ツ)、前顕乙第三十五号証の一ないし四、被告山本勉(第二回)、同高島猛男(第二回)各本人の供述及びこれら供述によつて真正に成立したと認める乙第十号証の一ないし四を綜合すると、原告は株券が発行された当時千株券六枚、百株券五枚、十株券六枚、一株券二枚を所有していたが、被告会社に対し五千五百六十二株についてはその内千二百八十株と千二百八十株及び五百六十株と二千四百四十二株に関する株式名義書換請求書を提出し、被告会社はこれら請求書を用いて原告所有の右株券の一部を分割して右五千五百六十二株の譲渡を受けたこと、及び被告会社の定款で株券の分割につき株主からの分割請求を要することになつていること、並びに前記三千二百株は株券(乙第二十四号証の一の(イ)、乙第三十五号各証)の裏書により譲渡されていることと各認めることができ、その他以上認定を覆すにたる証拠は存在しない。そうすると、右五千五百六十二株に関し前記株式名義書換請求書は商法第二百五条にいう譲渡を証する書面と認めて差支えなく、又同株式につき前記のように株券を分割しなければ譲渡できないような株式につき名義書換請求書を提出していることは、特段の事情のない限り、その譲渡の際の株券の分割について予め書面によつて請求がなされていたものと認めて差支えなく、仮に分割の手続において定款に違反する点があつたとしても直ちに株式の譲渡そのものを無効とするものとも認め難いから、原告の右主張はこれを是認することはできない。

更に、原告は右株式の各譲渡当時の時価は一株金三百円でこれを一株金五十円で処分したのは原告の無知窮迫に乗じたものであるから無効であると主張するが、本件株式の時価に関する証人北本治一(第一、二回)の証言は被告山本勉(第二、三回)、同高島猛男(第二回)各本人の供述に照らして遽に措信し難く、他に本件株式の時価が額面金額以上であつたことを認めるにたりる充分の証拠はないから、結局原告の右主張もこれを採用することはできない。

そうすると、原告が被告会社に対して請求する千株の株券は既に発行された上被告会社が原告から昭和三十一年十月十日頃適法にこれを取得し、原告の所有にかかるものとは認められないから、被告会社に対する本件請求は理由がなく、又前記五千五百六十二株が原告の所有にかかるものであることを前提として同株式に対して与えられた新株及び新々株について被告会社を除く被告等に対してなす請求は、右五千五百六十二株が前記のように昭和二十七年中に適法に被告会社が取得したと認められる以上爾余の争点について判断するまでもなく失当というべきである。

よつて原告の本訴請求はいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 森本正 菅浩行 志水義文)

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